慢心な心

2014.04.21

右手薬指剥離骨折。
全治1か月。

完全に自分の不注意から生まれた怪我。
包丁は握れず、洗い物もできなく、字も書けなく。

単なる不注意では終わらせたくない程の怪我です。



なのでプラスに怪我を解釈していました。



それは「慢心な心」


スタッフも育ち、僕が料理しなくてもカロローゾの料理はできます。
さとしも何だかんだ言って育ち、オープン準備をして、お客様の対応をしてくれます。
お客様も年々増えて来て、自分の生活もできるようになっています。
極端な話、お昼の営業だけ来て、夜の営業だけ来て一日5時間労働でも
カロローゾを維持できるかもしれません。

実際はそんな事はしてないのですが、裏はそんな状況でもあります。

そんな心の隙が日頃の行動に表れ、怪我になりました。

そんな意味でもスタッフを入れて、自分に刺激を与えようと思っていたのですが、
それよりも早く自分で痛い目に合ってしまいました。



母が亡くなる24歳の時、僕は母のそばに6か月ずっと一緒にいたのですが、
その時母の末期がんを通じて、病気と言うものを色々考えました。
それは病気した本人は辛いと思いますが、その本人、周りの人間は普段
考えない事を考えられる機会を与えれます。


母が最後に僕に教えてくれたことは
人は死ぬと言う事です。

自分が弱っていき、動けなくなり、
そして最後に死ぬ瞬間を見せてくれました。

究極的な子育てをしてくれました。



病気、けがと言うものは悪い物だけではありません。
それはたくさんの方にご迷惑をお掛けし、たくさんの方を悲しませるのは事実ですが、
絶対悪ではありません。

僕のけがはまだまだ軽い方で、世の中には障害を持った方、
死と戦っている方、色々な不運な状況と立ち向かっている方、
たくさんいます。


僕が思う人の幸せは
日常の些細な事にも感謝の心を持てる事
だと思います。

朝起きれてよかった、歩けてよかった、呼吸できてよかった、
ご飯食べれて良かった。大切な人と朝挨拶できてよかった。。。。
そして仕事ができてよかった。



その気持ちを再確認し、これからのカロローゾに繋げたいと思っています。

今後の人生右手薬指が慢心に注意のシグナルに見えそうです。


けど、まずは慢心するぐらいお店を繁盛させないと



ただ、痛かっただけだぜ、右手薬指!!












 
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